モアブログアーカイブ【燃え上がれ清五郎】インタラクションサッカー2(俺の新潟 VS 俺達の誇り新潟)

モアブログアーカイブ【燃え上がれ清五郎】インタラクションサッカー2(俺の新潟 VS 俺達の誇り新潟)

この記事は、新潟日報モア「サポーターブログ」の再掲載です。序文はこちら

【燃え上がれ清五郎】インタラクションサッカー2(俺の新潟 VS 俺達の誇り新潟)

2013年11月28日

 
「俺たちの誇り新潟」「アイシテルニイガタ」この2つの言葉はアルビレックスのムーブメントの代名詞となっているフレーズです。どちらもサポーターの歌う応援歌の歌詞ですが実はこの言葉、僕はそんなに好きじゃなかったのです。今回はその理由をアルビサポーターが出来上がってきた形と一緒に説明しようと思います。
 
2つの応援歌ですが、前者はPENPALSというロックバンドが歌う「Love Song」という歌から、後者は奥田民生さん率いるユニコーンの名曲「I’m a loser」からできた歌です。 この2曲が生まれたのはJ2時代。まさにビッグスワンバブルが始まったころでした。「Love Song」は実は当初宮沢選手の応援歌として準備されていて「俺たちの誇り宮沢」と歌われる予定でした。J1浦和から移籍してきたイケメンレフティー。フリーキックは切れ味抜群。サポーター思いのいい選手だと評判でした。しかしその宮沢選手がレギュラーをつかみきれなかった事でケチがつきます。「さすがに俺たちの誇り宮沢はねーよな」ってことでしばらく様子見となりました。歌が当時の宮沢選手よりも強すぎたんですね。しかし一向にチームの調子が上向かないことに業を煮やす形で「背に腹は代えられない」と半ば強引にチームソングに変更して実戦投入されたのがこの歌だったのです。
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ヘディングシュートを狙う宮沢選手
(2003年8月23日、新潟スタジアム)

 
当時僕らがメインで歌っていた歌はSmoke on the Waterをぱくった「俺の新潟」という歌で、僕はこの歌がすごく好きです。歌いやすいこと、リズムを変化させられる便利な歌であることも大きな理由ですが、最大の理由は僕らの初期の応援の「理念」を体現した歌であった事です。この歌は主語が単数形なんです。『「俺の新潟」と思っている人が100人集まれば相手の1,000人だって勝てる応援ができるはず!「俺たち」なんて思ってるやつは一人じゃ何もできないやつだ!』ってのが当時若かった僕の基本的な発想でした。だから「俺たち」って言葉が嫌いだったんです。いやーーーー。間違ってないけど若い!青い!ヒドイ!
 
そんな理由でこのLove Songがサポーターのアンセム的なポジションに入っていくのはちょっと複雑な気分でした。しかしビッグスワンの魔力は容赦なく僕らを振り回し「新潟スタイル=老若男女が仲良く応援」「ファミリーほのぼの」といったイメージ付けがなされていき、僕のやりたかった方向性とは真逆の「俺たち」という言葉が市民権を得ていったように思います。
 
集団浅慮という言葉をご存知でしょうか?1人だったら真剣に考えられるのに、5人、10人の集団になると「まーいっぱいいるし従っときゃいいか」と「空気を読んだ」行動しかしなくなることです。僕はこれが嫌だったんだと思います。
 
今だから言っちゃいますがメインチャントが「俺の新潟」だった時代、つまり市陸で3,000人の時代。「俺」の応援の半分は相手選手への情け容赦ない野次で構成されていました。理由は単純で、「俺」の声は150m離れた相手ゴール裏と直接会話できるほど煩く、3,000人程度のスタジアムだと試合中に選手にダイレクトに聞こえるほどの音量だったからです。はっきり言って歌より(相手)選手に伝わっていたと思います。あんまりひどかったのでドイヒーすぎるエピソードを公開しましょう。
 
当時の僕の野次は本当に強烈で、エグくて、データを元に相手の嫌がることを的確に言っていました。試合中僕のヤジにあからさまに反応してイエローもらう選手も何人かいたくらいだから本当にひどかったんだと思います。極めつけは相手のブラジル人を野次るためにポルトガル語を勉強し相手選手を激怒させていた事。あとでアルビのブラジル人から「あれはやめてくれ。ブラジル人は本当に悲しい気分になる」と注意されました。
 
・・・今では考えられませんね。大学生のサポーターが「インタラクションサッカーです!」とか言っちゃってるのに当時の大学院生は「ばいえんぼーら マルコス!いぇー!(とても日本語に訳せない言葉らしい)」と言って当日マルコスをマークしていたアルビのCBセルジオに怒られてるwwwDQN過ぎるwwww
 
僕にとってアルビのメイン会場がビッグスワンに変わったことによる一番の変化はヤジが選手に届かなくなったことです。ビッグスワンは実は結構指揮の取りづらいスタジアムです。屋根の形状が特殊で指示を出すような声が響きづらく、音が過剰に反響するせいで統制がとりづらい。逆にその過剰な反響を利用すると拍手や歓声が倍増してスタジアムの雰囲気がぐっと盛り上がる。声を声として届けるより、音として届ける必要があるスタジアムだって事ですね。皆さんも気付いていると思いますがスタジアムの雰囲気を重視して全員が選手を見て個々がどんどん反応するような応援をするとドカーンと行くわけです。これが今皆さんがしょっちゅう経験しているBomba da SEIGORO(清五郎の爆弾)ですね。
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まさに爆発的な応援だったアンデルソンリマの伝説のフリーキックシーン
(2005年4月9日、新潟スタジアム)
 
結論を言うと、ビッグスワンでは野次が選手に正確に伝わりにくいんです。ただの悪意として伝わってしまう。それより自分たちの選手を後押しするために音自体を届けたほうがいい。これに気付いたあたりから、僕は個人戦の負けを認め「俺たちの誇り新潟」を半分受け入れる事にしました。でも基本は「俺の新潟」だと思ってます。ピン(1人)でも何かできる人たちが4万人集まるのが最強。これを曲げるつもりはありませんよ! 僕は「俺たち」の陰に隠れて責任感が「4万分の1」になっちゃうような集団浅慮的応援、空気を読んだ応援が嫌なんです。空気は読むものでなく、出すもの。雰囲気は感じるものでなく、作るもの。それがあって初めて「インタラクションサッカー」は好循環するんだと思います。
 
 
P.S.
アイシテルニイガタがピンとこなかった理由は僕が神奈川出身アルビサポで、別に新潟が好きなのではなく、アルビが好きだったからです。どっぷり新潟人となった今はあまり違和感なく歌えています。新潟好きでーす。
 

浜崎一(はまさき・はじめ) 
1977年生まれ。神奈川出身だが、新潟大学進学という理由で偶然新潟に移り住む。大学院時代にJ2初年度のアルビレックスにはまり、その後10年間事実上のコールリーダーとしてアルビレックスの応援の最もホットな部分で活躍。現在はゴール裏を離れ、市民レベルでサポータームーブメントを起こす仕掛け役となっている。

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