モアブログアーカイブ【燃え上がれ清五郎】I can't help fallin' in love with you

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この記事は、新潟日報モア「サポーターブログ」の再掲載です。序文はこちら

【燃え上がれ清五郎】I can't help fallin' in love with you

2013年11月14日

去年の試合で、忘れられないシーンがある。
アウェイ神戸戦。
後半、ヒガシがどんどん上がって、ハーフラインも越えてどんどん攻めてきた。
この試合、前半は良い感じだったのに、神戸に先制されたんだったと思う。アルビはゴールしなきゃだめなのに、ゴール前までは行くのに、そこから停滞してしまう試合だったように思う。
去年良く見た展開。
なんでここまで運んできて、ゴールを狙わないの?
点取らなきゃ負けちゃうんだよ。
シュートしなきゃゴールしないんだよ、って試合だったんだと思う。
そんな中でヒガシが上がってきた。
ああ、ヒガシはどうしても勝ちたいんだ、って思った。
もちろん勝ちたくない選手はいないでしょう。
でも、なんだか消化不良な…そういう試合が多かった。
そんな中でヒガシは毎試合、すごいセーブを続けていた。
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 パンチングでクリアする東口。この日でリーグ戦通算50試合出場に
■2012年6月23日、ホームズスタジアム神戸


私はそんなヒガシを見て、泣きながら言ってしまった。
「ヒガシが可哀想だ。」
ヒガシがここまでやってるのに、みんな、何も感じないの?
この時、(それまでも好きだったけど)私にとって、アルビの選手の中でも特別な選手になった。同時に、『もしかしたら移籍したほうがヒガシのためかもしれないな』、と思ってしまった。
 
もちろんずっと新潟にいてほしいよ。
でも、大怪我から復帰して、代表にも選ばれて、今もチームを守って守って、それでも勝てないチームにいるより、ほかのチームに行った方が明るい未来が待っているのではないだろうか、泣きながらそう思ってしまった。
 
その気持ちは、試合の後も、翌日も翌月もずっと心の中にあったんだよね。
ヒガシがいなくなったら、アルビはどうなっちゃうんだろう。
どこにも行かないでほしい。
でも、行ってしまってもしょうがないかもしれない。
 
そんな中、2度目の大怪我があった。
私は「神様、なんでヒガシばっかり」と心配する気持ちと同時に、ちょっとだけ「これで移籍はなくなったかも」と思ってしまった。本当にひどいやつだと我ながらがっかりします。でも思ってしまったんです。
その後、ひたすらオレンジの鶴を折っていた。
ヒガシが無事怪我から復帰しますように、と。同時に、ひどい事を考えた事への懺悔の気持ちもあったかもしれない。気がつくとひたすら鶴を折っていた。
 
そして、今年ホームの柏戦での復活。
見事なセーブ、劇的な勝利。
その試合のヒーローインタビューで、ヒガシは司会からマイクをうばって話し始めました。「今日の(試合の)感想よりも、今の僕の気持ちを伝えさせてください」
もうサッカーを辞める事を考えるくらいだった事。
家族にも辛くあたってしまう位だったこと。
「でも、このビッグスワンのピッチに戻ってきたいって、このオレンジのサポーターの前でプレーしたいって思い、それをはげみにして帰ってくることができました。」
 
何かのインタビューで「僕はこのチームで優勝したい!」って話をしていたこともありました。(何の記事だったかな?ちょっと記憶があやふや)
去年、残留の願いがこもった33Mの横断幕作成にも、怪我で離脱中のヒガシが参加してくれていたよね。
 
東口選手、本当にごめんなさい。
ヒガシがそんな風に考えてくれているのに、なんて最低なやつなんだ、私。
もう、他のチームに行った方が幸せかも、なんて思わないよ。
ヒガシ、絶対に来年もこのチームで活躍して。
ACLも優勝も一緒に味わおうよ。
アルビレックス新潟の東口選手として、ワールドカップにも行こうよ。
もう勘弁して、って言われても、暑苦しくこの気持ちを伝えたい。
 
一昨年、途中記憶が飛んでいる試合がある。
ナビスコ準々決勝、アウェイ名古屋戦。
どしゃぶりの試合だった。
瑞穂球技場のゴール裏席最上段あたりで「もう、レインコートとか意味なくない?」とか言いながら立っていた。
この試合に勝てばベスト4でビッグスワンに行ける。
勝つしかない試合だったし、勝つとしか思えなかった。
たしか、ミシェウさんがいない試合だった。
引き分けのまま試合終了…の直前に名古屋に1点取られた。
なんだよ、また試合終了間際の失点か。ああああああああ、
 
って時に、堅碁がゴール!
もう、うわーって叫んで、周りの人と抱き合って、気がついたら前の方の通路に移動してアイシテルニイガタか何かを歌ってた。
  
その後、菊ちゃん(現、鳥栖にレンタル移籍中の菊地選手。あくまでもレンタル)がゴールを決めて、そして、名古屋に何点かとられて負けてしまった。
後からプレビューみたいなの読み返したりして、ちょっと記憶が補てんされているけれど、堅碁のゴール以降、ぷっつりと記憶がない。
こんな事は、高校の親友が交通事故で病院に運ばれたと電話を受けて病院に行った時以来だ。(友人は幸い一命を取りとめ元気に生活しています。)
 
その次の年、堅碁はレンタルで岡山に行ってしまった。
で、皆様ご存知の通り、J2で18ゴールをあげ、当然岡山のサポーターは堅碁残留を願っていた。堅碁愛されているんだな、と思った。
 
もちろん新潟に帰ってきてほしかった。
本当はレンタルでも行かないでほしかった。
でも、ここまで結果を出して、愛されて、実家も近くて、それでも新潟に帰ってくることは堅碁にとって正解なのだろうか?
またもや、ちょっと、私はそう思ってしまった。
 
そんな中、川又堅碁はアルビに帰ってきてくれて、堂々と得点王争いをしてくれている。
堅碁がゴールをすると、それだけでスタジアムの雰囲気がぐわー、って高揚する、そんな「エース」になってくれた。
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■2013年10月5日、東北電力ビッグスワン

でもね、堅碁、ゴールを取れるようになったから堅碁を好きになった訳じゃないんだよ。
まだ、堅碁がポストやバーに当てまくっていた頃から、私たちは堅碁が大好きだった。
試合前のピッチ練習で、みんな堅碁のシュート練習に注目していた。
堅碁のシュートが決まると、練習なのに、歓声と拍手喝采が起こっていた。
そんな選手、他にはあまり記憶がない。
 
おかえり堅碁。
なんとしても得点王をとろうよ。
 
そんな気持ちをラブレターに書こう。
 
みなさん一人一人に、忘れられない試合が数多くある事でしょう。
10年前のJ1昇格した11月23日、私はまだ、アルビレックスに出会っていませんでした。
優勝するってどんな感じなんだろう。
話を聞いているだけでも泣きそうになるのだから、実際その歴史に立ち会った皆様は、とんでもなかったのでしょうね。
こればっかりは、その場にいないと分からない。
すごかったんだろうなあ。
 
そんな訳で、J1昇格から10年目の11月23日は、やっぱりビッグスワンに行くことに決めました。
4万人集めて、「ビッグスワンは最高だ」と、愛する選手達に思ってもらいたい。
私も思いたい!!
 
最後3試合、全部行くことにしたので、貧乏です。
スタジアムで会ったら、ビールおごって下さい(笑)


今井 浩美
1973年生まれ。新潟市で生まれ育つも、大学進学とともに県外へ。以後、京都→大阪→現在愛知在住。J1昇格とともにサッカー観戦にはまった、まさにアルビバブルの申し子。新潟を離れた年月と比例して新潟愛が強くなるな、と感じる今日この頃。ビッグスワンへは年数回、西日本アウェイを中心にゆるく応援をしています。

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