【AlbiWAY】野津田がゼルビアに追いつく日 by SW

【AlbiWAY】野津田がゼルビアに追いつく日 by SW

サッカー観戦は常にスタジアムの記憶と供にある。例えばトジンのゴールで負けた12年のアウェイ鳥栖戦と聞いても、多くの人がピンと来ないだろう。しかし会場が佐賀陸だよ、と言われたら現地に行った人ならほぼ全員が思い出すはずだ。そう!傾斜がなくて見にくいスタンド!豪雨なのに屋根なし!トイレは電気が点かない!地元のゆるキャラが出てくる時のBGMがスメルズ・ライク・ティーン・スピリット!…のあの試合である。試合内容はほぼ覚えてなくても、そこは絶対に忘れないはずである。

全国を飛び回っているような百戦錬磨の諸氏であれば、スタジアム自体のマニアという方も多いのではないかと推察するけど、スタジアムの歴史は、チームやサッカー文化の歴史と切っても切り離せない訳で、スタジアムを知ることがチームを知ることになる、というケースが多々ある。そういう意味で言うと、ここGIONスタジアム(以下、野津田)とゼルビアの関係はその典型例だろう。ゼルビアがJFLに参入したのが09年。当時の野津田はメインのみ座席で、バック、サイドは芝生席という状態だった事もあり、Jリーグ入会の本申請を断念。翌10年、ゼルビアはJFLでJ2昇格圏内の3位という成績を収め、平均入場者数でも昇格基準をクリアしていたのだけど、野津田の改修計画がJ2ライセンス基準を満たしておらず、スタジアムが原因となって昇格は叶わなかった。つまりチームの急成長にスタジアムが追いついていなかったのである。そちらを受け、11年に町田市がメインスタンドを中心とした改修を12年までに実施することを決定。ゼルビアもJFLで再び3位という成績を残した事により、ようやくJ2への昇格を叶えることができた。そして降格を経験し再びJ2に戻ってきた16年、ゼルビアは一時史上初の首位に立つなど絶好調。

しかしJ1ライセンスはまたしてもスタジアムの収容人数等の問題が原因で申請できなかった。J2ライセンスに留まったまま18年、ゼルビアは最終節まで優勝争いを展開し、最終的にはプレーオフ圏内の4位という過去最高の成績を残すも、当然プレーオフには参加できなかった。こういった状況もあり、町田市はバックスタンドを3階建て屋根付き構造に改築し、収容人員数を5000席程度増設する計画を発表。これにより19年、ついにJ1ライセンスが承認された。

そしてそのバックスタンドが完成して最初の試合が、この新潟戦。言うなれば今日は野津田がゼルビアに追いついた記念日なのである。だからこの試合は今までスタジアム改修に関わってきた人々にとっては特別な試合だろう。ちなみに野津田で初めて行われたJリーグ公式戦は、なんと今号の別コラムにある01年の川崎vs新潟。このスタジアムと新潟の不思議な関係である。

この記事は、フリーペーパー“AlbiWAY”のコラムです。続きは紙面でご覧ください。
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